レスキュー預かりっ子と先住っ子
2011年04月27日 (水) | 編集 |
昨日TOTOが帰ってきました。

私の願いは届きませんでした。

最後まで威厳を保ちボスであり続けたTOTO

ご飯を食べなかったのに
こっちから退院サポートを持っていき
先生がそれを出されたら
サラママと二人で見守る中やけくそのように
食べてくれた。
先生はびっくりされたね。

心配してたから 無理やり食べたんだね。

その後すぐにえらくなって
酸素室に入ったTOTO

亡くなる前日も 来たことに気づくと
荒い息の中 後ろ足は使えない
前足の片方は点滴のテーピングで先まで
ぐるぐる巻き だからたった1本の足で
向きを一生懸命かえて寄り添ってくれた。

抱いてあげることすらできなかった。

もう駄目かもしれない

連れて帰りたい。

先生は望みはゼロではないと・・・

酸素室から出すことは死を意味する。
私にはできなかった。

連れて帰ってこれなかった。
抱きしめてやれなかった。
ひとりぼっちで死なせてしまった。


若い時から仲良しの悟空と
喧嘩してもTOTOは決して泣かなかった。

手術が終わってからも 1回も泣かなかったね。

だから病院にお迎えにいった時
笑ってお帰りなさいって言うつもりだったのに
できなかった。
ごめんね。

痛かったね。
ごめんね。

震災で亡くなった人や小さな命
お帰りも言えない人がたくさんいる中
私は恵まれている
皆様がどんなに辛い思いでいらっしゃるか


それでも自分勝手な私は
TOTOには生きて帰ってきて欲しかった。


ちょっと心は狭かったけど

強くて優しいボスTOTO

ごめんね・・・

ありがとう・・・

愛してるよ



TOTO、私がやるべきことが終わって
行くまでちゃんと待っててね。














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